2月23日、大阪市内で「第10回・狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西、問い直すわたしたちの狭山」集会があった。去年、3月11日に石川一雄さんが亡くなられた。石川さんの無念をはらし、見えない手錠を外すために350名を超える市民が集まった。

 石川早智子さんのビデオメッセージによる訴えがあった。早智子さんは「一雄さんは、えん罪を晴らしてからが自分の本当の人生だ」と。そして、「62年間の長い裁判の闘いの中で、ひたすら鑑定人尋問を、そして再審開始、無罪獲得を求めて闘い続けてきた人生でした。彼は、私は無実。真実はきっと明らかになるという確信と信念があった。それは多くの支援者のみなさんとあたたかい出会いがあったからだと思います。3月11日に彼が亡くなって、4月4日に私が再審請求人となって第4次再審を申し立てました。弁護団と共に裁判所に、証人尋問の実施、再審開始決定を求めています。ご支援をよろしくお願いします。」と訴えられました。

 講談、神田香織さん「石川一雄~塀の中の学び」があった。その中で、東京拘置所の看守さんが職をかけて石川さんに文字を教えた。最初に習った文字は「無実」と「助けてください」であった。文字を獲得する中で、警察の罠に嵌って騙されたことに気付いたこと、差別はえん罪を生み出すこと、無知は人を殺す、自分で学習して、自分の頭で考えて自分の足で立つことを学んだ。数多くの歌を残したことを力強く語られた。

 えん罪アピールが阪原弘次さん(日野町事件えん罪(※)被害者家族)と前川彰司さん(福井中学生事件(※)えん罪被害者)からあった。
 阪原弘次さんは、えん罪被害者父親の阪原弘(ひろむ)さんの長男。犯行の「自白」によって犯人にされた父親は裁判では一貫して事件当日のアリバイ、無罪を主張した。「自白」の過程は、暴力と家族へのイヤガラセ「娘の嫁ぎ先をガタガタにしたるわ」という脅かしがあった、と。そして家族一丸となって、父親のえん罪を晴らすべく闘ってきた。父親の弘さんは、2011年に病死した。
 前川彰司さんは自らの体験に踏まえて、「絶望は希望の光をもっている」という聖書の言葉を引用して、今多くの再審をまっている人がいることを知ってほしい。狭い、開かない門・再審を求めていると、述べられました。

 鴨志田祐美さん日弁連再審法推進室長による「再審法改正をめぐる攻防と今後の展望」と題した記念講演があった。鴨志田祐美弁護士は、まず現行の再審法についての不備を指摘した。袴田事件、福井中学事件、日野町事件、大崎事件などの裁判経過を解説した。えん罪救済のための再審がいかに困難か。袴田事件のように救済されるまでに事件が発生してから58年もかかったこと、証拠開示が重要、検察官の抗告などによって長期化している現実。えん罪被害者の多くが救済されていないこと、を述べた。証拠品について、鹿児島県警では、2023年(令和5年)10月2日「刑事企画課だより」で「再審や国賠請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスなることはありません!!」という内部文書を出して証拠の抹殺をはかっている。
 こうした現行・再審法の不備をなくすために、①再審における証拠の全面開始②再審決定に対する検察の不服申し立ての禁止③再審請求審における裁判官の除斥及び忌避④再審請求審における手続規定の整備が必要と述べた。再審法の改正にむかって、国会議員連盟に388名が入会、862自治体議会から賛同、意見書と940団体から賛同が表明されている。しかし、この議連による再審法改正案は衆議院の解散、総選挙によって廃案になった。
 こうした動きに対して、法務省・法制審議会刑事法(再審関係)部会では反動的な巻き返しがおこなわれている。そして、現行よりも悪い再審法の改悪が今国会に上程されている。その内容は、①調査手続(スクリーニング)によって多くの再審請求を、証拠開示も事実調べせず迅速に棄却しようとしている。②証拠開示の範囲は限定され、現状よりもわるくなる。③開示された証拠も目的外使用禁止されて、支援や世論の醸成に繋げることができない。④再審決定も検察官の抗告によって長期化する、現行と変わらない。⑤再審決定に関与した裁判官は再審公判に関わらせない。等を内容としている。この法制審の議論に、刑事法学者135名、元裁判官63名が「NO」をつきつけている。議連による再審法改正案を再び、上程し成立させたいと述べました。

 学生アピールと閉会の挨拶があり、集会終了後「えん罪被害者の救済」と「再審法の改正」、何よりも「狭山事件の再審」を求めて大阪市内をデモ行進した。

※福井中学生事件は、1986年3月19日福井市で起きた中学生殺人事件。前川彰司さんが犯人として逮捕・起訴された。懲役7年の服役後2004年に第一次再審請求の申立てをおこなったが棄却。第2次再審請求の申立ては、2022年におこなった。決め手になったのは、証人が当日見ていたテレビ番組「夜のヒットスタジオ」は3月26日放送であったこと。2024年名古屋高裁金沢支部は再審開始を決定。2025年に検察官の抗告を棄却して再審無罪が確定した。前川さんは、刑事訴訟法に基づく裁判費用の補償を福井地裁に請求している。

※日野町事件は、1984年に滋賀県蒲生郡日野町で発生した強盗殺人事件。酒店経営の女性が殺害され、手提げ金庫が奪われた。この事件では、店の常連客であった阪原弘氏が無期懲役の判決を受けましたが、自白の信用性が争点となり、現在も再審請求が最高裁で審理されている。2026年3月25日、最高裁は検察の特別抗告を棄却して再審が確定した。実に42年かかった。