6日、午前はカヌー教室。私にとっては4月の海上行動以来。カヌー操作を思い出しながら取り組んだ。この間、出来なかったカヌー転覆からの復帰(再乗艇)することができた。

7日の午前中私は、安和行動に参加したのでその報告。今年6月28日、安和桟橋の出口付近で大型ダンプに警備員と市民が接触し、男性が死亡し抗議活動していた市民が負傷する事故が起こった。その事故についての検証が済まないなかで、8月22日安和桟橋での土砂搬入を強行している。安和桟橋の入り口にはテイケイの警備員25名ほどが棒にオレンジの網を巻き付けたもの持って、歩道の左右に配置され通行、抗議行動、牛歩を妨害していた。その反対側の出口には、ALSOKの警備員が同じように配置されていた。警備会社の交代要員を合わせて、約100名、沖縄県警の機動隊、沖縄防衛局の職員などが動員されていた。

安和桟橋での抗議行動・牛歩は、歩道を歩く権利をたてにオレンジネット前での抗議、隙をついて歩道に出て牛歩をする。そうすると、テイケイの「ロボット」の赤いランプが回りサイレンが鳴る、耳が痛い。安和桟橋では、自動車による「牛歩」、トロトロ行くような車もあった。抗議活動している市民によると1日1000台を超える大型ダンプによる土砂の搬入がおこなわれ、以前に比べて増えている。

安和抗議行動は、10月7日で2136日という看板が表示されていた。
8日午前中は、ガット船、作業船が大浦湾に入るのを阻止する海上行動。朝7時30分にテント2に集合し、カヌー7艇と抗議船・平和丸に乗って大浦湾に向う。

カヌー隊は、松田ヌ浜から長島の隙間を抜けて大浦湾に自力で入る。大浦湾では、海上保安庁のGB8隻、防衛局の監視船などが進入路を「確保」するためにカヌーにマンツーマンで対応する。ガット船3隻をはじめ作業船が大浦湾に入るのを阻止するために、㎇の隙間をぬってカヌーが行動する。GBが4回~5回「警告」を発する「進入路の外、緑のブイの所に出なさい。9時14分、従わない場合は拘束する。」そのあと、海保が海に飛び込んでカヌーを拘束した。カヌー隊はGBに乗せられ、ゆっくり、ゆっくりと松田ヌ浜の沖に連れていかれ解放された。抗議船・平和丸はカヌー隊をサポートしていた。海上行動の最後に、台風通過に合わせて外していたテントを設営した。

午後2時30分からは、キャンプシュワブ前で座り込み行動に参加した。従来のテント村前の座り込み箇所から徒歩で20分ぐらい、第2ゲートの名護よりでおこなわれている。座り込みに参加している市民は那覇から、私たち4名を含めて25名ぐらいで行動した。私たちの仲間が楽器ジャンベを持って参加する。行動している女性から「それは何という楽器ですか」「いい音ですね」「励まされる」と歓迎された。仲間は、引き抜かれる時もジャンベを打ち続けた。

座り込みをリードする活動家は「我々はアメリカに守ってもらおうとか、自衛隊に守ってもらおうとか一切考えていない。我々の身は我々で守る。だから戦争はさせない、辺野古新基地建設に反対する」と力強くアピールしていた。現場では、テイケイの警備員のなかに折り畳み警備員「「ロボット」がいた。警備員もしゃべり続けるのは「しんどい」だと実感する。テイケイの警備員が表にいるのが30名ぐらい、交代要員を含めて60名ぐらいか。沖縄県警の機動隊、沖縄防衛局が基地の中から「警告」していた。キャンプシュワブに搬入される大型ダンプは1回で150台ぐらい、以前に比べて増えている。
5日から9日にかけての行動でしたが、天気に恵まれた。私たちは、辺野古集落の「海の見える家」で宿泊した。その間2回にわたって、自民党・島尻安伊子衆議員の宣伝カーが街宣していた。10月15日から始まる総選挙、名護市・辺野古を含む沖縄3区は自民党の島尻安伊子と立憲民主党の屋良朝博さんそして、参政党の新城司が立候補するといわれている。事実上、自公とオール沖縄の一騎打ちである。何としても勝利してほしい、兵庫からも応援しよう。